30 April 2022
つくり手とお客さんをつなげる小売店 第3回 お店の接客
私たちは商品を購入する際、ライトに買い物を楽しめる通販を利用することもあれば、じっくりと店内で商品を選びたい時もあります。
お店に足を運ぶ理由の一つは、信頼ができるスタッフがいる、または、安心できる商品を求めて来店することが多いのではないでしょうか。
『田中眼鏡本舗』の田中さんにとって、お客様の言葉を丁寧に聞き、一緒にメガネ選びをすることはとても楽しくて大切な時間です。それは、会話でお互いが交わることで生まれるものだとおっしゃいます。
豊富な知識や情報量もさることながら、田中さんは、穏やかな声のトーン、表情に緩急をつけて話されるので、相手が関心を持って聞いてくれます。例えば、メガネ選びで両者の意見が食い違っても、相手の話をよく聞いた上で、ユーモアを交えながら店側の意見を上手に伝えます。そんな田中さんに、日々の接客で心掛けていることやお店で購入する楽しさなどをお聞きしました。
田中昌幸 氏
福岡県出身。眼鏡量販店で販売を経験後、福岡から福井に移住し、約20年前に『田中眼鏡本舗』をオープン。
メガネ選びは、業種を見極めてから
お客様との会話が弾むためにしていることをお聞きすると、
「自分の親戚や友達に、メガネを選んであげるような気持ちで接客しています」というシンプルな答えが返ってきました。
では、メガネ選びで大切なことは何かと尋ねると、
メガネは正しく見えることが大前提。その人のファッション性や仕事、置かれている立場をヒアリングしながら、お客様がなりたいご自身のイメージに近づけることに一番重点を置いているそうです。
例えば、医師がかけるメガネ。カジュアルすぎると、年上の患者からは不信感を持たれるかもしれません。また、管理職という立場で部下からはナメられたくないという人には、キリっとしたメガネがおすすめです。逆に、プライベートは柔らかい印象のメガネをかけることで、仕事のオンオフを切り分けることもできます。かけるだけで自分のスイッチを切り替えられるのも、メガネの面白さです。
「テレビに出演しているコメンテーターや政治家が、派手なフレームをかけていたりすると、怪しすぎますよね(笑)。メガネ屋さんが、その人の立場や周りに与える印象をちゃんと考えてあげないと」。田中さんは、その人が誰に対して対価をいただくのかをよく考えて、似合うメガネを勧めます。
また、自宅でテレビを見ている時も、人のメガネのかけ心地が気になって仕方がないと言います。例えば、メガネが曲がっていたり、耳に掛ける位置がずれているから調整してあげたいとか・・・。
四六時中メガネに向き合っていると、お客様の似合うメガネがわかると言います。お客様がお店に入ってきた瞬間に、田中さんの脳が勝手に働き、たくさんの商品からその人に似合うブランドや型がはじき出されるイメージです。お客様にしたら、さっきまで漠然としていたイメージを具体化してくれたことに驚く。まさに経験のなせる技です。
眼鏡の選び方のコツは信じちゃいけない!?
よく雑誌などで「似合うメガネの選び方」を紹介している記事を見かけます。おしゃれを楽しみたいけど、種類が多すぎてどんなものを選んだらいいのかわからない人にとっては、参考にしたいものです。ところが、あの通りに選んだら平凡な顔になっちゃうよ、とのこと。では、どんなメガネを選べば良いのでしょうか?
「メガネは馴染みすぎると顔の印象が残らない。でも、あまり大きくハズすのもダメ。だから、わざとドンピシャじゃないところを選ぶんです」。
つまり、人の顔の「ちょっとした違和感」がその人の個性になるのだそうです。また、顔の長い人は天地が深い(上下が長い)メガネを選ぶのがセオリーとされていますが、先入観を持たずに、そうじゃないデザインを選ぶと、自分でも思いがけずしっくりくることも。そして、お客様が誤った選択をしそうな時は、さりげなく軌道修正してあげる場合もあります。
「視力が弱い人で大きいフレームをかけたいという方もいますが、レンズの厚みが厚くなってしまうので、間違いなんです。こっちのほうがいいんじゃないって感じで、その方が持っているイメージを崩さないような、小さいメガネに誘導してあげるとかね。友達と洋服を選ぶのと一緒ですね」。
田中さんの接客に、業界で販売歴が長い奥様の意見が加わることもあります。当然ながら、男性目線と女性目線ではセレクトが全く違うので、田中さんと奥様のプレゼン合戦に発展することもあるようです。
「来たばかりで、パッと選んだら楽しくない。もう何本か試してみてほしい。うちのお客さんはたっぷりと時間をかけて来てくれるんで、最後はみんなでわーわー言いながら選んでます。メガネ1つ選ぶにも1、2時間はザラなんですが、その過程も全部プライスレスなんです」。
メガネ選びに欠かせないフィッティングについて
フィッティングとはメガネを正しい位置でかけるために、お客様の顔にメガネを合わせる作業のこと。人間の顔や頭は左右対称ではないため、うまくフィッティングされていないメガネは、ずり落ちたり、次第にかけ心地が悪くなってしまうのです。
「じゃがいもみたいなところにかけるわけだから、正しく乗っけるために、工業製品であるメガネを調整しないといけない」と田中さん。頭がいびつな人だとフィッティングに10分もかかってしまうこともありますが、そこはやはり、時間をかけて丁寧に調整していきます。
すると、
「こんなに検眼してもらったことがない」
「こんなに一生懸命フィッティングしてもらったことがない」という声が多数。
初めて訪れた人は、その作業の念入りさにびっくりします。田中さんにとって、購入前のフィッティングに時間をかけることは当たり前ですが、それをあまりにもお客様が喜んでくれるので心の中で「ラッキー」と思ってしまうほどです。
これは、残念ながら「メガネの正しいかけ心地を知る人が少ない」ということになります。メガネは売って終わりというものではなく、メガネ選びからフィッティング、購入後のメンテナンスに至るまで手を抜かない。そういうお店を知らない人にとって、田中さんの熟練した技術は満足いくものに違いありません。
本当に信頼のおける小売店との出会いは、メガネに対する価値感をも変えてくれるのではないでしょうか。
『田中眼鏡本舗』
ジャパンメイドの商品のみを取り扱い、県内外のこだわりの強いお客様から支持される。鯖江市の『田中眼鏡本舗 浪漫堂』は系列店。
福井県福井市新田塚町701-2N ファインシティビル1F
TEL.0776-28-2515
水曜、木曜定休